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津地方裁判所 昭和47年(ワ)48号 判決 1973年11月24日

三重県多気郡明和町大字大淀乙七三七番地

原告

合資会社 明造商店

右代表者代表社員

橋爪真次

被告

右代表者法務大臣

田中伊三次

右指定代理人

服部勝彦

北島詔三

浜卓雄

真弓勇

森本善勝

樋口錥三

鈴木伸

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

(一)  被告は、原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四七年六月六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告は、原告に対し、名古屋国税局協議団津支部が昭和二七年三月一七日原告に回答した件につき、右協議団が腐敗品を昭和二三年度に発生したものでないと確認できたとする合理的な理由、根拠を明記し、そうであるのに右協議団が腐敗品を昭和二三年度末棚卸品と認める旨不正な回答を原告にした事情を詳記して、更に右不正な回答によつて原告に多大の迷惑をおよぼしたことに対し謝罪の意を表わす文書を交付せよ。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および第一項につき仮執行の宣言

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告会社は、昭和二三年一月一一日から翌二四年一月一〇日までの事業年度(以下、係争年度という。)の所得につき、昭和二五年一〇月三一日松阪税務署長が金一五万四、四一九円と更正決定したのを不服として名古屋国税局長に対し審査請求をしたところ、同局協議団津支部が原告会社の調査をした後、同局長は、昭和二七年二月六日、原告会社に審査請求を棄却する旨の通知をなした。

(二)  そこで、原告は、右協議団津支部に対し、右審査中に調査を受けた原告会社の腐敗品につき、その見解を尋ねたところ、同支部長は、昭和二七年三月一七日、「腐敗品については二三年及び二四年上期においては棚卸資産として処理すべきものと認めます。」と文書で回答した。

(三)  ところで、右回答書の意味は、腐敗品は係争年度においてはその価値如何にかかわらず棚卸品として残存しているので棚卸品として処理すべきものと認める、すなわち、同年度に腐敗品が発生して同年度末に残存した物品と認める趣旨であり、原告も当時右のように理解した。

(四)  しかし、実際には、右協議団津支部は右腐敗品を係争年度に発生したものとは認めていなかつたのであるから、その旨の回答をすべきであつたところ、同支部西井光郎協議官が同支部長に無断で同人の印を使用し、同支部長名義で前記文書を作成して原告に回答し、同支部が原告会社の腐敗品が係争年度に発生したものと認定したかのように偽り、原告を欺罔した。

仮に、右西井協議官が同支部長に無断で回答したものでないとすれば、同支部長が右不正な回答をして右のように原告を欺罔した。

(五)  原告は、前記名古屋国税局長の審査決定に不服であつたし、また、前記協議団津支部から前記趣旨の回答があつたため、昭和二七年五月六日名古屋地方裁判所に同国税局長を被告として法人税審査決定取消請求の訴訟(以下、第一次訴訟という。)を提起したのであるが、右事件の被告は同訴訟において前記回答書は前記のように西井協議官が不法に作成したものであることを知りながら、同回答書の成立を認め、しかも、同回答書を訂正することなく、その内容と反対に腐敗品は発生しておらず係争年度に原告が記帳外に販売したと主張したりして、応訴抗争した。

(六)  被告国は、原、被告間の当庁昭和三九年(ワ)第一〇号損害賠償請求事件(以下、第二次訴訟という。)において同回答書が前記のように違法に作成されたことを知りながら、その成立を認めると同時に、その内容と反対の趣旨の主張をして、応訴抗争した。

(七)  原告は、前記のように、協議団津支部が腐敗品は係争年度に発生した旨の回答をしていたため、同津支部は、係争年度に於ける腐敗品の発生事実を認めていると考え、右第一次訴訟において右の点の主張、立証を省略した。その結果および右(五)の不法行為により、原告は第一、二審で敗訴し、上告審の破棄差し戻し判決を経て、昭和三八年四月一六日差し戻し後の控訴審に於て勝訴するまで極めて長い年月を要することとなつた。右差し戻し後の控訴審に於て、右回答書を証拠に腐敗品は係争年度に発生したことが認められたのでさらに原告は前記第二次訴訟を提起したが、前記国の不法行為も加わり、結局原告は、前記経理から原告会社の営業を休業にして右第一次および第二次訴訟に専念せざるをえなかつた。

前記西井協議官の不正な回答がなければ、原告は第一次訴訟の第一審から係争年度における腐敗品の発生事実を主張、立証して第一審判決のあつた昭和三〇年六月二三日に原告が勝訴して訴訟は終了し、以後、原告は原告会社の営業を再開していた筈であり、しかも、原告は年間金一一四万八、〇〇〇円の利益をあげることができた。しかるに、右理由により同年七月から昭和四七年四月までの一七年一〇か月間営業を再開することができず、その間の利益として原告は合計金二、一〇四万六、〇〇〇円(<省略>)を喪失し、同額の損害を受けたことになる。

(八)  右は公務員である前記西井光郎協議官(又は前記協議団津支部長)および名古屋国税局長がその職務を行うにつき、故意又は過失によつて、あるいは被告国自身の不法行為によつて違法に原告に損害を加えたのであるから、被告国は原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。

よつて、原告は、被告に対し、前記損害金二、一〇四万六、〇〇〇円の内金一〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四七年六月六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払および請求の趣旨(二)記載の謝罪文の交付を求める。

二  請求原因に対する答弁および被告の主張

(一)  請求原因(一)、(二)の事実は認める。(三)は争う。回答書の意味は、二三年および二四年上期にはいまだ腐敗品が発生しておらず、棚卸資産としての価値を有する状態にあるものとして処理すべきものと認めるとの内容に理解されることは文言自体からも明白である。(四)の事実中、同協議団津支部が原告主張の腐敗品は昭和二三年および二四年上期に発生したものとは認めていなかつたことは認める。したがつて、被告はその旨の回答をしたのであつて、その余は否認する。仮に原告主張のように西井協議官が同支部長印を無断で使用して回答したとしても、右回答書の記載内容は正しいのでこれによつて原告に損害が生ずることはない、(五)の事実のうち、原告が昭和二七年五月六日原告主張の第一次訴訟を提起したことおよび名古屋国税局長が同訴訟で回答書の成立を認め応訴したことは認めるが、その余は争う。(六)の事実のうち被告国が第二次訴訟において回答書の成立を認め応訴したことは認めるがその余は争う。(七)の事実のうち原告が第一二審で敗訴し、上告審の破棄差し戻し判決を経てその主張の日に差し戻し後の控訴審で勝訴したことは認める、原告主張の逸失利益の額は不知、その余は争う。原告は、原告主張のような主張、立証のできた第一次訴訟の第二審でも敗訴しており、原告が第一審からその主張、立証を尽しておれば、第一審で原告が勝訴し、該判決が確定していた筈だというような推論は到底成立しない。従つて、本件回答書と原告主張の逸失利益との間に因果関係はない。(八)は争う。

(二)  本件回答書による回答行為は昭和二七年三月一七日であるから、本件訴が提起された昭和四七年五月五日の時点においては、すでに、本件損害賠償請求権は民法七二四条の二〇年を経過したので時効により消滅している。

三  消滅時効の主張に対する原告の答弁

争う。

第三証拠関係

一  原告

甲第一ないし第一一号証を提出した。

二  被告

甲第八、九号証はいずれも不知、その余の甲号各証の成立(甲第四号証については原本の存在とも)は認める。

理由

一  本訴請求原因の要旨は、要するに、名古屋国税局協議団津支部の回答書は、同支部が腐敗品は係争年度に発生したとは認めていなかつたのに、西井協議官は腐敗品が係争年度に発生したように虚偽の回答をしたこと、また、右回答書は西井協議官においてほしいままに作成したものであるにもかかわらず、被告は不当に応訴し、これがため原告は損害を蒙つたというのである。

二  そこで、以下、西井協議官に前記主張のような事実があつたか否かにつき検討する。

名古屋国税局協議団津支部が文書をもつて「腐敗品については二三年及び二四年上期においては棚卸資産として処理すべきものと認めます。」旨の回答をしたことは当事者間に争いがないので、まず、右回答を出した経緯から検討するに、成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第五号証によると、原告主張の腐敗品というのは、本件係争年度当時、原告会社が醤油に塩水を混ぜて作成したいわゆる代用醤油モロミ(以下、本件モロミまたは単に腐敗品という。)のことを指すものと解されるのであるが、原告会社は、当時、本件モロミ約九〇石が腐敗したと考えていたので、松阪税務署長が係争年度の原告会社の所得につき更正決定したのを不服として名古屋国税局長に対し審査請求をしたものであること、ところが、同局長が右審査請求を棄却したため、原告会社の代表者である橋爪真次は右協議団津支部に対し、右審査中に原告会社を調査した際現存した腐敗モロミの会計上の処理等の見解について照会したところ、同支部西井協議官は前記内容の回答のほか結論として、松阪税務署長のした更正処分は適法であると認める旨の記載をした「法人所得金額の審査について」と題する書面を作成し、同支部長名義で原告に回答したものであることが認められる。

しかしながら、右回答の文言自体からみても、前記協議団津支部において本件モロミが係争年度当時腐敗していたことを認めたものでないことが窺われるのみならず、前顕甲第五号証によると、同支部における調査の結果では、係争年度に腐敗品が生じたことの確認ができなかつたことが認められ、右事実に徴すれば、右協議団の一員である西井協議官は腐敗品が係争年度においてはいまだ発生していなかつたことを前提として回答したものと認めるのが相当である。

そうすると、原告が本件回答書の意味内容をどのように解したかは格別、原告の主張するような趣旨において回答したものでないことが明らかであるから、原告の主張は採用できない。

三  また、協議団は、国税局に設けられた付属機関であつて、みずからは直接に不服申立の決定を行うものではなく、国税局長のする裁決または決定に参与するものであることは、当裁判所に顕著な事実であり、右事実に徴すれば原告主張の如き照会に対し、協議団が直接回答をするということは一般には考えられないところ、前顕甲第五号証によれば、右協議団津支部に勤務していた西井協議官は、当時いまだ経験も浅く、事務処理の方法についても疎かつたところから、同協議官において津支部長の印を勝手に押捺して前記のような回答をしたことが認められる。右事実に徴し、西井協議官がした本件回答書が右認定のような意味において不法のものであるとしても、前段説示のとおり、右回答書は協議官としての見解を述べたものであつて、内容の当否は別としても、不法ないし不当にわたることを記載したものでないことは明らかであるのみならず、原告が第一次ないし第二次訴訟においてこれを右協議団津支部長作成の文書として提出したのに対し、右国税局長あるいは国が右文書の成立を認めることは原告に何ら不利になるものでなく、さらに右両名が原告提出の右証拠の内容に反する主張をしたとしても、これが直ちに不当ないし不法な抗争となるものではなく、他にいわゆる不当抗争として不法行為を成立せしめるべき事情を認めるに足りる証拠はない。

四  よつて、被告側において原告を欺罔したこと、または本件回答書が不法な文書であるにもかかわらず不当に応訴したことを理由に損害の賠償及び謝罪を求める原告の本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白川芳澄 裁判官 林輝 裁判官 吉岡浩)

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